セラファム創喜の算命学ブログ

算命学10分レッスン(コメントへお答えします)

算命学10分レッスン(コメントへお答えします)

 

2・3日前に「個人鑑定はしないのか?」というコメントをいただきました。

そのコメントにお答えしようと考えていましたが、どこかに失くしてしまいましたので、ブログ上でお答えさせていただきます。

 

算命学は自然の法則に則って、自然の一部である人間の人生行程を予測するというものです。

そのため、目に見えない自然の法則を目に見えるように記号化し、それを読み込んで行くことが算命学の勉強なのですが、その記号化された記号やそれを読み解くテクニック、あるいは専門用語などの解釈にこだわるあまり、より良い人生の指針とするという本来の目的から逸脱してしまっていることが多々あるのではないかと私は考えています。

一部の人たちは、算命学と四柱推命の違いとか、夜中の何時が日にちの区切りだとか、枝葉末節な議論を戦わせています。

そんなことよりも、自分という人間が、自然あるいは自然の法則とどう関係しているかを知ることが大切だと思います。

算命学も四柱推命も、学ぶ人にとっては大切な学問ですから、比べることはナンセンスです。

算命学は、陰陽五行論と相生相剋論が合体し、体系化された自然法則論ですから、われわれ人間がこの法則の外に存在しているはずはありません。

この目に見えない法則の記号化は、われわれ愚かな人間に、自然のエネルギー法則を目にみえるようにすることで理解させてくれます。

例えば、火を燃やす酸素と、自分自身が燃える水素が合体すると、火を消す水になるのだ、と言われてもあまりピンと来ません。

しかし、酸素と水素を原子記号化し、目に見えるようにすることで、(2H+O=H2O)火を消す水になるということが理解できるようになります。

この自然の法則を上手に整理し、理論的な組み立てをすることを可能にしたのが算命学ですから、算命学を学べば人生を理論的に説明できるのです。

人生の行程に理論が存在するということは、人生は理論的に修復可能(変えられる)ということを意味します。

算命学は良く「怖いほど当たる」といわれますが、私は、当たるということの意味は、その人が宿命(自然の法則)どおりの人生を生きているということだと考えます。

つまり、過去のことが当たっている、ということにそれほど意味はなく、その事実を捉えてこれからの人生をより良いものに変えて行こうとすることに意味があるのです。

 

前置きが長くなりましたが、なぜ私が一般的な鑑定をしないかという理由も、この人生の改善というキーワードにあります。

単に占いをするだけでは、多くの場合依頼者を救えないと考えるからです。

算命学は、具体的に改善策を示すことが出来る唯一の占い(というより自然法則理論)です。

しかし、無情の学問とも言われ、感情が入る余地がありません。

例えば、自分の人生を貶めないための改善策が、『離婚』ということであった場合、大概の人は素直に受け止められません。

また、離婚を避けるための改善策が、転職であったりした場合なども同様に、すんなり受け入れられる人は少ないのです。

人は、何かを相談する場合、ある結論を持って相談することが一般的です。

そのため、占いをする場合も、自分の意向に近いアドバイスをしてくれる占い師に頼ります。

それでは何の解決にもなりません。

しかし、その程度の悩みなら、その人がそれでよければ良いのですが、本当に悩んでいる人はそれでは救われないのです。

つまり、算命学は改善策があるのですが、それを実行するためには確固たる意志と覚悟が必要なのです。

しかし、他人(占い師)から言われたからと言って、人生を変えるような強い意志を持てる人は少ないのです。

ただし、自分で算命学を学んで、自分の肌で理解すれば、結構きつい改善策も実行出来るのではないかと考えて、このブログを立ち上げました。

算命学は、人に鑑定してもらうものではなく、自分で勉強して改善策を掴むことで、その人の人生を好転に導くことが出来る、つまり役に立つということです。

しかし、算命学を習得するには時間が掛かります。

私も、このブログを根気良く続けて行きますので、あなた方も根気良く勉強してください。

 

また、今現在、本当に助けを求めている人を、何が何でも拒むつもりもありませんので、コメントに連絡方法を書き込んでいただければ、こちらから連絡を差し上げます。

冷やかし、中傷等の書き込みはご遠慮ください。

2014-03-23 創喜